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“忍び”になるには

 過日、某YouTubeのトーク配信で『忍びになるにはどうすれば良いですか?』という質問を頂戴しました。


 録音に特化した業務は、《チャラン・ポ・ランタン》小春氏が“忍び”と命名する程、演奏家の中でも人目に付きにくい職種ですし、折角なので少し噛み砕いて解説してみようかと思った次第です。



 テレビや映画やアーティスト作品など、各種の収録現場で演奏する仕事、いわゆる“スタジオミュージシャン”というものです。

 ただ、その全盛期(1970〜80年代でしょうか)と比べたら生楽器の録音案件は激減していて、今やスタジオ仕事だけを生業とする方も少なくなったでしょうから、この名称も既に死語かも知れません。



 依頼を受け、指定された日時にスタジオやホールへ楽器を持って出向き(今どきは宅録=自宅録音もありますが)、演奏して録音に参加します。

 お客さんの前で弾くワケではないので決して目立つ職業ではありませんし、名前が全面に出ることもあまりない裏方稼業ですが、メディアを通して多くの人の耳に届くことになります。

 演奏のオーダーが多種多様な上、素早い対応と高品質な演奏を求められるので、専門的で、いわば職人的な仕事です。


 (ちなみに、録音現場ではソレを弾けるかどうかが問題なので、ボタン式/鍵盤式の違いが問題になることはまずありません。)

 必要とされるスキルは、大まかに言えばこの3つ。


 ①譜面が読める

 ②コードネームが読める

 ③リズムに合わせて弾ける


 とても基本的な事ですが、録音現場ではこれらの技術の品質が非常に高いものが求められます。

 なので、例えば五線上のドの位置をのんびり探していたり、えぇっとF#マイナーセブンフラットファイブって何だっけとか言っていたら、あっという間に置いてきぼりにされ次からはまずお呼びがかからなくなっててしまう、恐ろしいほどの実力の世界でもあります。



①譜面が読める


 譜面や音源が事前に渡される事はあまり無く、当日現場で渡されるのが通常なので、初見で読める能力が必要です。


 1段譜だけでなく、アコーディオンは当然両手を使いますからピアノの様に2段譜で書かれている場合もあります。


 とてもレアなケースですが以前、10数段も書かれたオーケストラ譜面を渡されて「これを読みつつ自由に」というオーダーもありました(5分ほど練習時間を頂いてどうにかミッションクリア&冷や汗かきまくり)。


 また演歌のレコーディングで、書かれた通りに弾いたつもりがどうやら演歌フィーリング皆無の演奏だったらしく、「あ、そしたらソコのアコはカットしまーす」と言う死刑宣告を受けた事も(たまたま隣のスタジオに居た先輩ミュージシャンを捕まえて泣きながらその恐怖を語りましたとさ)。



②コードネームが読める


 コード、つまり和音の種類だけが表記されている譜面にも対応しなくてはなりません(もちろん初見で)。


 指定のオタマジャクシが無く奏者の自由に任されているとは言え、オブリガート(カウンターメロディやフィルイン)、バッキング、アドリブソロなど、曲にフィットしたイイ感じの演奏、更には作編曲家の細かいオーダーにも応える演奏が求められます。


 例えば歌モノの録音でコード譜が渡され、アレンジは口頭指示で「歌の合間を縫って自由に〜」、「ソロは割と激しめで〜」、「ここは少しリズム刻んで〜」、みたいなことは日常茶飯事です。


 しかも何度も録り直せば必ず良いモノになるワケでも無く、最初のテイクが良かったなんてコトが結構多かったりするので気が抜けません。



③リズムに合わせて弾ける


 かつて歌モノ(ポップス)のレコーディングに呼ばれた際、行ってみたらガッチガチのラテンジャズなアレンジになっていて(しかも冒頭からB△7→A#m7♭5→D#m7という鬼key鬼進行)、2-3だか3-2だか言うノリにほとんど付いて行くことが出来ず、オブリガートもソロも超絶下手クソな演奏になってしまい撃沈したのは未だに忘れられないニガい思い出(それ以降ラテン方面を聴き漁る時期がしばらく続いたモノです)。


 またリズムに物凄くシビアなアレンジャー氏の現場で、何度もNGを連発した挙げ句「もう少しリズム鍛えておいてね〜」などとタシナメられたことも。


 クリック(ガイド的なメトロノーム)に合わせて弾けるという正確さはもちろん、曲のリズム/グルーヴと調和した演奏も求められるワケです。


 逆にクリックなどは無く、指揮者の降る指揮棒(と共演者とのリズム)に合わせて演奏する現場もあり、となれば伸び縮みするテンポやリズムにもスッと溶け込む様に弾けなければなりません。





 つまり“忍び”になるためには、色々なタイプの譜面を瞬時に読みこなし、その状況やスタイルに合った適切な演奏をし、更に作編曲家のオーダーにも素早く応えられる能力、コレらが必要とされているワケなのです。

 もちろん、そのためにも楽器の演奏には精通していることが大前提です。

 色々なスタイル/ジャンルの音楽に普段から接していることもとても大切です。



 誤解のないように一言。

 ここまでエラそうに語ってますが、これらが全部完璧に出来ますなどとは1ミリも申しておりません。

 少しでもこうなれたら良いなぁという願望でもって書いてますので、その点どうかご容赦ください。


 ちなみにそういう現場に登場する他の楽器(例えばピアノ、ギター、ベース、ドラムなど)の方々は、アコーディオン業界の何万倍もの熾烈な生存競争に勝ち残ったハイパーな演奏家の皆様なので、既に会得したその能力を惜しむ事なく発揮してとてもクオリティの高い仕事をされております。


 自分なんぞ、そりゃもう、日々少しずつ、鍛えていくしかないのです。

 精進あるのみです。




 デジタル機器などの劇的な進化もあって、こういった生楽器の録音仕事は昔と比べ物にならないくらい減ったかも知れませんが、その需要が途絶える様なコトにはならない気がします。

 仕事としては、スポットライトを浴びる派手なものではなく、正に人目を忍ぶ地味な作業ですが、演奏家としては非常にやりがいのあるものだと思います。


 アコーディオンは見た目にも華やかですし、持っているだけでノスタルジックな雰囲気を演出できますし、例えばヴァイオリンの様に正確な音程を会得するまでに何年もかかるワケでもありません。

 一方でアコーディオンの演奏需要はとても増えてますので、楽器とそこそこの腕があれば割とすぐ仕事になるのが現状です。


 ですが優秀な人材は常に求められています。


 講師を務める某音楽大学アコーディオン科が目下生徒数ゼロを更新中(!)とはいえ、志ある向きには惜しまず手助け出来ればと常々思っています。


 そしてこの楽器の面白さと奥深さがもっともっと広がっていく様になれば嬉しいなぁと、そろそろイイ歳になってきたオジさんは思うワケです。

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